ホーム > アーカイブ - 2005年09月

愛知万博と大坂万博

半年にわたって開催されてきた愛知万博が幕を閉じた。みなさんは会場に足を運ばれたであろうか?予想をこえる入場者・特に近郊住民としてのリピーターによって資金的には黒字になったそうだ。誰も予想していなかったに違いない。私は仕事を兼ねて7月初旬に万博に行ってみた。午後からの見学となったが、その日の入場者数は8万人。今思えば少なかった方だ。初めて乗ったリニアモーターカー、チケット売り場は混雑もなくさーっとこなせた。会場は私にとっては人だらけでうんざり。企業館は入場のため並ぶのが嫌で、待ち時間0分の外国館を中心に観覧してきたら、夕方までになんと42国のパビリオンをまわってしまった。相当な駆け足で。

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スペイン館:
foa設計(横浜大桟橋国際旅客ターミナル等を設計)
カラーセラミックブロックの構成。スペイン伝統
建築工法「セロシア」(格子窓の意)がモチーフ。

さて今回の万博のテーマ「自然の叡智」であったが、訪問者は何を目的に訪れたのであろう。ここのところ万博開催の意義さえ疑問視される時代がきているのだが。冷凍マンモス?踊るロボット?外国館の物産店?。会場を廻れば廻るほどコンセプトがわからなくなってくる。「自然の叡智」がダイレクトに見つける事ができないのである。会場を大きく回遊するグローバル・ループは緑の大地を傷めずに何本もの鉄骨柱で支えられ、外国パビリオンもリサイクルできる簡単な構造の中で展示演出をしている。外壁に緑を這わせた建物、屋根・屋上緑化等、がんばっているのだがもうひとつ訴えかけてこない。

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インド館(グローバル・コモン-1)前の
色鮮やかなお花

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グローバル・ループ:全長2.6km、幅21m

大坂万博の時は、私も小学生であったが東京から新幹線に乗ってわざわざ出かけた。高度成長期の日本の活力、世界的な建築家によるパビリオンは建築に携わっている私にとって深い記憶となって刻まれている。パビリオンはいろいろな構造形式で演出された。アメリカ館の空気膜構造(後に東京ドーム建設の際にはその経験が評価され竹中工務店が施工)、オーストラリア館の吊り構造、お祭り広場のスーパートラス。建築家丹下健三がこのお祭り広場の大屋根デザインをテクノロジーを結集してまとめた後、岡本太郎がこの人工的な屋根に大きな穴を明けてしまえ!ということで、縄文的な「太陽の搭」が大屋根から頭を出すことになる。豪快なアンチテーゼ。
1970年の大坂万博は日本中、世界中からのヴィジターにより大成功を収め、日本はまた一段と活力を増していった。

今回の愛知万博は日本に何か変化をもたらすであろうか?何も残らない。万博に何かを期待する時代はもう終わったのではないだろうか?。次の万博は何をテーマに開催されるのであろうか?でもみんなが何回も時間を掛けて足を運んでいるその姿をテレビで観ていると、日本もまだまだ元気なんだな!とちょっとほっとしまうのは私だけなのであろうか?

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ゴンドラに乗って夕景の「大地の塔」をのぞむ。
手前は「こいの池」

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「なだ万」(会場内)の懐石料理

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「こいの池」水上ショー(PM7:00~)
 :噴水膜に映像を写してのショー



[ 2005/09/30 11:25 ] 展覧会・音楽会 | TB(0) | CM(5)

セントレア(中部国際空港)

常滑/陶芸の街散策(9/20日記)の前に、セントレア(中部国際空港)に立ち寄った。空港デザインは、関西国際空港(レンゾ・ピアノ設計)と比較すると予算的な問題だと思われるが明らかに劣る。ちょっと寂しい思いだ。しかし空港の機能面・使いやすさ・分かりやすさではピカイチだと感じた。まず鉄道(名鉄)のセントレア駅から搭乗手続きロビーまで徒歩3分。搭乗手続きロビーも国際線・国内線がワンフロアにあり、トランジットも簡単!なのだ。国際空港といっても欧米人はほとんど見当たらず、中国人・韓国人がほとんどだけど。

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国際線搭乗手続きロビー。
この背面に国内線搭乗手続きロビーがある。

このセントレアの特色がもうひとつある。それはこの空港に訪れる観光客の多さである。観光バスが駐車場から溢れる程、毎日人でいっぱいなのだ。空港内も食事をするところショッピングをするところ、極め付けは飛び立つ飛行機を見ながら入る銭湯までがあることだ。しかもすべてがいつも列をなすほど混雑していることにうんざりしてしまう。天むすの店・回転寿司・ふかひれの店・カレーうどんの店・エビふりゃぁーの店、石鍋シェフのクイーン・アリスまで、なんでもあり。しかしこれは最初から意図されたもので、空港は利用客だけのものでないという発想なのだ。巧みに名古屋人気質をうまく利用している。愛知万博の成功をみれば、みなさんご理解いただけると思いますが。

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出店のあるコンコース

私は空港が好きで、ただ飛行機が離発着するのを眺めているだけでも時間を忘れる。セントレアはその点、広いオープンデッキがありとても気持ち良い。視覚的にも聴覚的にもまた燃料のオイルの臭いまでもが嗅覚を刺激してくれ、五感に訴えてくるデッキ構成がうれしい。ただジャンボ機のような大型機が少ないのが残念なのだが。

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展望屋外デッキ
左が国際線、右に国内線。

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国内線の飛行機。燃料の匂いプンプン。

デッキの下は、中央にトップライトのある広いコンコースになっていて、休憩スペースなどがある。5月にここを訪れた時は、なんと結婚式まで行われ、新郎新婦を囲み親族一同で記念撮影をしていた。またそれを周りで見ている観光のおじさん・おばさん達が携帯電話で写真に収めていたのが微笑ましかった。私もデジカメを構えたが、なんとバッテリー切れ。残念!!
これからも名古屋の活力を日本中に広めていってほしいものだ。

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デッキ下のコンコース
[ 2005/09/27 13:58 ] 建築 | TB(1) | CM(10)

「イサム・ノグチ展」

秋分の日、都現代美術館(木場)で開催されている「イサム・ノグチ展」に行ってきた。ちょうど昨年がイサム・ノグチの生誕100年で、遺作となった北海道・札幌の「モエレ沼公園」も没後17年を経て、今年の夏にオープンした。「大地への彫刻・地球への彫刻」を感じさせるビッグプロジェクトである。機会があれば是非とも訪れたいと思っている。

イサム・ノグチは御存知のように日本人とアメリカ人の両方の血を受け継いで彫刻家となった。ちょうど広島平和会館を建築家・丹下健三が設計している際、彼の推薦で慰霊碑と納骨堂のデザインをイサム・ノグチに依頼した経緯がある。地下に被爆者の魂が安らかに眠る場をデザインしたのだが、最後の最後でアメリカの血が混ざった彫刻家がなぜデザイン?ということで幻の案と化してしまった。

さて実際の展覧会は来館者も多く、久しぶりに並んでチケットを買っての入場となった。入口を入るといきなり「2mのあかり」がインパクトを与え、行く先が楽しみになってくる。彫刻と絵画ともにゆったりと鑑賞でき、展示室の一部ににじり口があり、そこに子供用の彫刻ワークスペースがあり、親子で黒い紙を使っての彫刻作りをしていたのが興味深かった。
メインホールには17トンもある「エナジーボイド」が設置され、孔の向こうは異次元の世界を思わせる彫刻となっている。また「火星から見るための彫刻」は微笑ましいと同時にすごくイメージを覚醒してくれる作品であった。中庭には子供のための遊具彫刻が置かれ、子供も大人も触って太陽の光のもと、体験できるようになっている。

一度美術館に足を運んで、イメージを膨らませながら鑑賞してみるとおもしろいですよ。

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[ 2005/09/26 13:30 ] 展覧会・音楽会 | TB(0) | CM(2)

Less is More とは?

「Less is More」は近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエの精神を表出させた言葉である。
厳選された少ないマテリアルで、とても豊かな空間を作ることを求めたのである。
「“Poorな”材料であっても、“Richな”空間を生み出すことは可能だ」といつも言い聞かせて、私は設計活動をしている。
近代建築の行く末に陰りがみえたころ、ポストモダンという建築運動が起きロバート・ヴェンチュリは近代建築を「Less is Bore(退屈)」と評した。
いいかげんで安易な“Less”が横行し、“More”が消失していったときにミ-スの精神性は崩壊する。
厳選された“Less”による豊かな“More”の創出が、これからの建築に求められるひとつの方向だと思う。

ミース・ファン・デル・ローエはドイツ生まれのアメリカの建築家。
「ファンズワース邸」(ユネスコ世界遺産)、「シーグラムビル」「バルセロナ・パヴィリオン」(写真掲載)など数々の名建築を残した。

mies_at_window.gif

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[ 2005/09/22 16:40 ] 建築 | TB(0) | CM(4)

常滑/陶芸の街散策

常滑にある陶芸の街を連休を利用し散策してきた。
常滑の街は愛知県知多半島に位置し、現在はセントレア(中部
国際空港)が隣接する。隣接といっても24時間離発着可能な
海上ハブ国際空港なので、常滑の街とは橋のみで繋がっている
だけだ。よって国際空港のある街としては特に発展しているわ
けでもなく、今後も街の形態に変化がおこる気配も見られない。
そこがまた善いところかもしれない。
陶芸の歴史を持った古い街並と現代的なハイテクノロジーを駆
使した空港との対比がなんとも言えず趣深い。

さて散策してきたところは、江戸時代から始まった登窯(のぼ
りがま)を発展させた場である。現在残っているのは明治時代
の登窯・煙突のある街並で、「国指定重要有形民族文化財」と
して街全体が保存保護されている。
登窯を作るためであろう丘陵地にあり、煙突を丘の上から見下
ろしたり、近くで見上げたりして、古の陶芸家達の活動が想像
できるくらいだ。街の中には、真っ黒なコールタールを塗った
民家を改修して陶器をディスプレイ(販売)したこじんまりし
たお洒落なショップに変身している。
散策路はどこも1.5メートルくらいの路幅しかなく、擁壁と
なる部分には、さすがいろいろな陶器・土管が積み上げられ街
の特色となっている。
ゆっくり、じっくり徒歩で回遊して約1時間強。一度訪れてみ
るとなにか発見できるかも。


常滑の陶芸の街を見下ろす。
常滑の陶芸の街を見下ろす

れんが積みの窯煙突
れんが積みの窯煙突

黒壁の民家跡(現在ショップ)
黒壁の民家跡(現在ショップ)

登窯
登窯

陶器・土管の散策路
陶器・土管の散策路
[ 2005/09/20 21:28 ] トレッキング・旅 | TB(0) | CM(3)