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ホーム > アーカイブ - 2005年12月

上野の森と吉村順三建築展

凍てつくほど寒い中、久しぶりに上野の森を訪れる。
ひとはいっぱいだが、道を歩くひと達もこころなしか物静か。そんな中、遠くの方からアコーデオンの澄んだ音色が冷たい空気を伝わって耳元に届く。ベレー帽を付け赤い服を纏った若い女の子がリズムに合わせ、左右にからだを動かしながらアコーデオンを演奏していた。笑顔がとってもかわいい。始まったばかりなのかだんだん人が集まってきた。芸大生なのだろうか?。

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アコーデオンを弾く女の子

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紅葉の残る上野の森

今回は東京藝術大学美術館で開催されている「吉村順三建築展」を見るための上野訪問である。
美術館の手前で「芸大アートプラザ」なるものを見つけ、ちょっと寄り道。武家藩の立派な木の門を抜けると、大学校舎に囲まれたこじんまりした中庭がある。奥のショップでは芸大卒・学生のアートが展示・販売されている。裸体の彫刻像などがおかれているのが芸大らしい。

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道路から見たアートプラザ

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彫刻のあるコート

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藝大に挟まれた道

さて美術館の前には、吉村設計の「軽井沢の山荘」(自身の別荘)の原寸矩計図(かなばかりず)パネルが堂々と立て掛けてある。インパクト大きい。
美術館に入ってもっとびっくり。あまりの多くの人で場内がなかなか動かない状態。いつの間にこんなに人がなかに入ったのだろうと素朴な疑問を感じるくらいだ。
模型・図面・写真・映像などでふんだんに演出され、内容がとても充実している。ゆっくりそれらを堪能しながらの時間を過ごした。

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「軽井沢の山荘」原寸矩計図

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東京藝術大学美術館(設計:六角鬼丈)

吉村順三氏は、深い人間愛を持ちつつ温かい目で洞察しながら住宅の設計に取り組んできた。建物が公共建築のように大きくなってもその姿勢は崩してはいない。皇居新宮殿の設計者に選ばれながらも、図面が出来上がる直前に役人との意見が折り合わず、純粋に建築を愛した吉村順三氏は設計者の座を降りてしまう。
東京藝術大学建築学科で教授として長く後輩の指導にあたり、建築界で活躍する多くの人材を育てた。そんな彼の建築思想や設計方法を文章や映像で表現されたものは数少ない。でも吉村順三氏の設計した建築がそれを多く語ってくれているように感じる。

私も多くを語らず、吉村順三氏がいくつか残された言葉の中からふたつだけ紹介しておこう。

「建築家として、もっともうれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。日暮れどき、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯がついて、一家の楽しそうな生活が感じられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか」

「建築は、はじめに造形があるのではなく、はじめに人間の生活があり、心の豊さを創り出すものでなければならない。そのために、設計者は奇をてらわず、単純明快でなければならない。」

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帰り道でピエロの大道芸人を見る。
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[ 2005/12/13 13:41 ] 展覧会・音楽会 | TB(0) | CM(4)