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ホーム > アーカイブ - 2007年05月

ちょっと御岳渓谷まで

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木立に囲まれた玉堂美術館

・・・「別に工夫無し」
近代日本画の巨匠・川合玉堂の晩年の言葉である。
死の瞬間まで、美しい日本の姿を探し求め、描き続けた画家。
玉堂の晩年の14年間を過ごした場が、ここ青梅の御岳渓谷。
アトリエを構え、毎日毎日スケッチブックを持っては、清流、山々、樹木、魚などあふれんばかりの自然に自らを同化させ、筆を走らせていたという。

『玉堂美術館』
玉堂の数々の日本画、デッサン、アトリエ(復元)、貴重な玉堂のフィルムなどを見ることができる。建築と石庭の設計は、和風デザインをモダン建築に築き上げた建築家・吉田五十八(よしだいそや)である。清流(多摩川)がそばを流れ、大きな樹木たちに包まれ、遠くに吊り橋をのぞむそのローケーションは絶句する程である。玉堂のフィルムを見てその筆の運びに驚いた。迷いがない!筆の動きが早い!構図がしっかりしている!と一瞬のうちにその才能を目の当りにすることになる。さらに展示室の中にある日本画は言うに及ばず、特に感銘したのが、16才の時のデッサンの数々。小鳥や草花の詳細な描写の才能はずば抜けている。まるで和紙から小鳥が飛び抜けてきそうな感覚にさえなる。草花はそよ風で揺れ動くかのように感じてしまう。それはそれは不思議な別世界に巻き込まれることになる。

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美術館の中にある石庭

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復元された玉堂のアトリエ

・・・「書かずに描く」
玉堂の日本画には川のうねり、海の波、空の雲、民家に積もる雪や吹雪く雪などいろいろな光景が描かれるが、彼の「白」の部分については筆をおかないのだ。つまり紙の白い素地を残し、まわりを描くことによって、今まで見えてこなかった「白」(雪、波など)が自然に浮き出てくるのだ。油絵であれば白の顔料を用いるところを、玉堂は敢えて何も手をつけることなく「白」を描くことになるのである。その「白」の部分が実は絵の中で意味を持っている部分だから、この手法にはとても興味深い。全ての「白」は動きを持っていることに気付く。川の動き、波の動き、吹雪く風など、表現の難しいところに玉堂の「書かずに描く」という手法が存在する。
何より最初の言葉が心憎いではないか!
・・・「別に工夫無し」

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「吹雪」(昭和25年) 白い雪と吹雪く光景がまさに「書かずに描く」

川合玉堂の日本画の多くは、山種美術館に所蔵されている。玉堂はまじめで謙虚。そして筆まめ。玉堂の才能と人柄を見い出した山崎種ニ(だから山種美術館っていうんですね!知りませんでした)は、疎開先にも食料を送るなど支援を続けた一番の玉堂理解者だったのである。ということで有名な日本画は山種美術館で鑑賞することをお薦めするが、ここ玉堂美術館でまず彼の生活背景、生活環境を感じてから彼の作品に触れる方がいいと感じた。きっともっと深い理解と日本画へのイメージを膨らませることができるからだ。

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美術館に隣接する画廊レストラン「いもうとや」。こんな感じで自然を楽しみながらお食事

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奥多摩やまめの押し寿司。美味!

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美術館の前から対岸をのぞむ。木造の古い旅館が目にとまる

またここ御岳渓谷には足を運ぼうと帰り際に思う。
こんなに都会に近い場に、こんな大自然を感じることができるなんて夢のよう。いつも見ている二子玉川の多摩川も上流ではこんな清流の姿だなんて想像もしてなかった。カヌーを漕いでいるひと、吊り橋からカヌーを覗きこむひと、ロッククライミングするひと、マウンテンバイクで大きな岩を渡り走っているひと、いろんなひとがいるけど、みな清流のとどまることない1/fのゆらぐ音によってかき消され、映像だけが自分の目に写り、なんとも言えない心地よさを与えてくれる。そんな場がここ御岳渓谷なのである。

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清流の上流をみる。カップルがカヌーを練習中。向こうの橋の右手がもう青梅線・御岳駅

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多摩川にかかる吊り橋。結構揺れるもんだ

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吊り橋から下流をのぞむ。まさに渓谷!

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東京からは中央高速道八王子ICでおり、国道411を北進すること約45分。
途中より杉木立の吉野街道にてアプローチ。圏央道からのアプローチも便利

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[ 2007/05/15 09:50 ] トレッキング・旅 | TB(0) | CM(14)