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水の時計

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「医学的には脳死と診断されながら、月明かりの夜に限り、言葉を話すことのできる少女、葉月。生きることも死ぬこともできない彼女が望んだのは、自らの臓器を移植を必要としている人々に分け与えることだった。」(著者の内容紹介から)
作家・初野晴氏の第22回横溝正史ミステリ大賞受賞作「水の時計」。

メタファーとしての本のタイトル「水の時計」が、私のとてもお気に入り。
「月」「地球」「引力」「水「」人間」「生」「死」と切っても切り離すことのできない緊密なネットから「水の時計」というタイトルができあがっている。小説自体は「脳死」「医学」「臓器提供」「家族」「愛」「生きるということ」「死ぬということ」がテーマとなり、オムニバス形式で提供臓器ごとにテーマが緻密に絡み合って展開していく。葉月の身体からはどんどん臓器がなくなっていく。自分の意志を貫き通し、本当の真っ当な死を迎えることが果たしてできたのか‥‥。とにかく時計の針が進むことも忘れるくらい小説の世界に吸い込まれてしまう。


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ところでみなさんは脳死になったらどうされますか?

実は私は「臓器提供意志表示カード」というドナーカードをいつも携帯しています。
カードの裏には脳死状態、心臓停止状態での臓器提供選択があり、万が一というときに自分の臓器が役に立つようにしています。自分の署名、配偶者の署名、親などの親族への告知が必要ですが、今のところ無事に生きておりますのでこのカードの出番はありません。
特に意図・目的あってカードを作ったわけでもなく、よく考えた末のカード署名でもなく、何も書いていないカードを手にした際に「提供しよう!」と直感的に思ってこのカードを作り携帯しているのです。

実際の脳死または植物状態というリアルな場に遭遇したことないですから、いざ身内がこのカードを携帯していたら、「はい、どうぞ。この人の意志ですから」と臓器提供にサインできるか自信はありません。でもきっと自分自身の一部でもお役にたつことあるだろうと瞬時に思った昔のことを記憶しています。

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「水の時計」を読み終えて「自分(のパーツ)はどうなっているんだけなあ」とあらためてドナーカードのことを思い出した次第で、財布の中から取り出して確認してみたのでした。同時に「生」へのこだわりの気持ちを強めた瞬間でもありました。

やっぱり「生きている」って、す・ば・ら・し・い。

[ 2006/09/27 09:58 ] | TB(0) | CM(8)
この本凄く読みたい!
しかし凄いですね。臓器、全部提供。まぁ、提供するならどれはだめでどれはいいってのも変だけどね。
以前、眼鏡だったか(と思うんですが)移植手術を受けた人達のその後のドキュメンタリー番組で、移植を受けた何人もの人達の趣味、趣向が移植後それまでの自分のものと変わって、提供者のものと同じになっている、というのを見ました。勿論、本人は本人のままで、どうして今まで飲めなかったビールが飲みたくて仕方がなくなるのかとか、ジャンクフードなんて嫌いだったのに好きになっちゃったのかとか、毎日走りたくなるとか、そういった程度のことだったですけど、脳や心臓じゃなくて、そんなものでも人間のパーツは色んな記憶をしているのか、そしてそんな臓器をもらった人達をいくらか変えてもしまうんだな、とびっくりしました。
そんなことになって欲しくはないけど、もしArchitectさんの臓器が移植されたら、その人は山中湖のお店にアップルパイを食べに走るかもしれませんね。:)
あと、怖い話ですが、アメリカではとても行方不明者が多いです。勿論、若い子は家がいやで家出というのもあるけれど、小さな子供など攫われて売られてしまう事も多いらしいです。たいていメキシコや中南米に連れて行かれるらしいですが、そんな話を聞いたとき、売春とかさせられるのかな、と思っていましたが、メキシコの友達に、それもあるけど、さらってきた子供や人の臓器をとってヤミで売っている、という話を聞き、かなりショックを受けました。
[ 2006/09/27 14:12 ] [ 編集 ]
脳の移植手術を受けた人が、自分の意思にかかわらず、人格が提供者そのままになっていくという小説を読んだことがあります。

臓器提供カードは、勇気がなく、署名しないままどこかにいったままになってしまっています。あのカード、目に付くことは少ないけれど、わりとどこにでもおいてあるのですよね。
[ 2006/09/27 14:37 ] [ 編集 ]
わたしも臓器提供カードを常にお財布の中に携帯してます(^^)

まさに直感みたいなかんじで
丁度、高校卒業してすぐの4月に持ち始めました。
今じゃすっかりぼろぼろですがw

いつか役に立つ日がくるのかな~
なんて思うと複雑だけど、それで救われる人がいたら嬉しいですね。
[ 2006/09/27 15:54 ] [ 編集 ]
新井素子さんの小説がそんな(脳移植の)話でした。人間の心って、何処にあるのだろう?肉体だとしたら脳移植するってどういうことになるのだろう?みたいな。
ジュニア小説っぽいですが、新井さんのSF小説結構奥深くって好きな私です。
臓器移植難しい問題ですね。でも、やれることからやりたいと言う気持ちは大事にしたいですね。カードをちゃんと携帯し続けているArchitectさん、なかなか出来ないことです。
[ 2006/09/27 18:37 ] [ 編集 ]
臓器売買の話は東南アジアでも聞くことありますが、ほんとに信じられない嘆かわしい出来事です。変な需要と供給が成立していることを利用したブローカーが諸悪の根源ですよね。でも命をもらった人からすればありがたい話で、日本で臓器を待っていたら死んじゃうという医療社会の歪みも正していかねばならないんでしょう。

人間の肉体の一部って、記憶があるんですかね?。なんか眼のお話も信じられないけど、事実とすれば疑うことはできませんね、当事者じゃないんだから。小説の世界だけだと思ってました。

私のパーツをもらった人は、どうなっちゃうんでしょう?
まずお酒は飲めなくなってしまいますね。これはドナーカードに明記しておかなくっちゃ!!
[ 2006/09/27 20:10 ] [ 編集 ]
そのお話は東野警護の「変身」ですね!。
「分身」(クローン)・「変身」(脳移植)・「宿命」(ロボトミー)と現代医療タブーをモチーフとした面白い本ですよね。貫井徳郎の「転生」も心臓移植で性格が変身してしまう小説でなかなかの大作ですよ。医学小説好きの私にはどれも魅力的な内容で満足です!

ドナーカードって、よくよく考えるとサインできないものかもしれないね。日本はとくに遺体に傷を付けるって倫理的にも大変なことですから、自分はOKでもやっぱり家族はダメと拒否することもきっと多いんでしょうね。
カードはコンビニなどでも置いてあります。身近で身近でないカードなんでしょうか?

もちさんも勇気出して、サインしない方がいいよ!
[ 2006/09/27 20:26 ] [ 編集 ]
えっ♪、yukariさん、そんな若いころから携帯しているの?
感心、感心!!

確かにこのカードが役に立つことが自分で確認できないのは、なんとなく勿体なく残念な気がしますが、社会への最期のご奉仕と割り切りましょう!
でも自分の分身がまた人の身体の中で活躍するのも、よ~く考えてみるとスゴイことだと思いません?。とにかく救われる人がいるというのは何よりです。

でも事故で脳死になるのは避けたいものです。命は大切にせねば!
[ 2006/09/27 20:36 ] [ 編集 ]
まずさっそくその小説を読まねば!

確かに脳を移植できれば、人格は間違いなく提供者の人格になってしまうんでしょうね。でも胃を移植したら(実際はしないけど)その胃の特性、例えば脂っこいものはダメとか、甘いものは大好きとか、そんな嗜好を胃は持っている感じがしませんか?。とすると肉が好きだった人が移植後、肉を食べなくなったとか、酒飲みが急に甘党になっちゃったりするのかな?。そうすると提供者の食嗜好が乗り移っちゃう感じがします。心とはちょっと違うけど、不思議なことが起きそうな予感はしますね。

万が一、脳死状態になった時は私の財布からこのドナーカードを見つけてくれないと、役立たずになってしまうのも残念です。大丈夫かしら?
[ 2006/09/27 20:47 ] [ 編集 ]
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