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ご無沙汰してます。
僕も”半島を出よ”や”ニューヨーク地下共和国”や”宣戦布告”を連想してしまいましたよ。
自衛隊の車両には方向指示器付いてるんですね。(有事の際、指示器出してたら確実に狙われるのに・・・)
確か、戦車にも付いてたと思います。
これって、法律のはざまで存在している象徴に感じるのは気のせい・・・?(無知故に非常識な発言と判断されれば削除してください)
戦争になったらどうなるんだろう?と考えることがあります。最近、お隣の兄弟たちは、なにやら険悪なムードですね。言葉で威嚇しあったり。
有事の時には、民間からの徴兵があるんでしょうね。その時、何の訓練も受けていない私は銃を持って戦えるのでしょうか?お隣は徴兵制度があって、みんな銃の扱いやらの基礎訓練を受けています。国民の基礎戦闘力が違うはずです。
かといって、そんな訓練はしなくてもいいに決まっています。でも、妻と子が怯える姿を見るのは、殺されるのは、平気であるはずがありません。世界でもトップクラスのメディアを有しながら見ない振りして、平和ボケする今は、結構いいのかも知れませんね。
そんな思いとは裏腹に、戦う機械や道具は、男心をくすぐります。なぜでしょう。矛盾があります。。。
おはようございます。
こちらこそご無沙汰しております。お元気ですか?
さていつも無関心の国防についても、ついついこんな場面に出逢うと、僕でも少し考えさせられてしまいます。
「半島を出よ」にしても超現実ではなく、現実実の方が優先して、日本は大丈夫なの?って真剣に心配になりました。
クーガーは大型車両の認定だそうなので、いろいろと適合はしているんでしょうが、やはり物騒なクルマです。
いまや戦場に臨んでも、空軍の戦闘機にピンポイント攻撃でロックされれば、一貫の終わり。絶対に乗りたくないです。平和が一番!。いつになったらこんな乗り物が不要になるのでしょうか???
おはようございます。
そうですね、日本の平和惚けはある意味で評価されるし、別方向から見れば、こんなに責めやすい国も無いかもしれません。お隣の強制軍隊入隊システムは、明かに日本の組織力や愛国思想を上回ると思いますが、今の時代にマッチしているのか???。
日本に徴兵制度があったら、どのくらいの若者が命を投げ出して戦うのでしょう?。まあ無駄に投げ出す若者もいないんだろうけど、、、、特に家族が平和に生活している環境の中で、有事を想定することさえ困難な現代の日本人ですが、万が一、外から攻められてきたら、自衛隊で防御できるものなのか?疑問です。米国に頼り放しもいつまでもみっともないし、日本国の自立がいつまでもできません。
とにかく平和思想の啓蒙に我々は努めることしかできないような気分です。
さてさて最後の文、まさにそのとおり。8輪車には興味津々。重さはQPの9倍ほどあって、馬力も上回って、ターボが付いているんだなどと少し学習できました。値段は商社が入るときっと言い値なんでしょうね。ちなみに国産「小松製作所」製らしいですよ!
世の中には、生まれてから戦争しか知らない子供がいて、ここ日本では戦争を知らない世代が人口の大半をしめるようになりました。
不の歴史・過ちをしっかり伝えていくことが大切だと思っていますが、教育環境一つとっても不安なことがいっぱいです。
子供達が学校でどんな教科書を使い、どんな教育を受けるかも学校選びの選択肢でした。
徴兵制なんてとんでもない。息子には人殺しの機械に触れさせたくないです。
こんなの目の前で見たら、戦争時じゃなくても怖いな。こんなものにお金かけるなら、高速道路、ただにしろって叫びたくなります。もう、やられたらやられたでいいじゃない、なんて思うのは平和しか知らないから言えるんだろうか?他国から攻められる事があって、自分ではなく自分の大切な人が犠牲になるとしたら、そんなことも言えないのだろうか?私の亡くなった祖父は身体が弱くて戦争に行けなかった人だけど、行けなくてラッキーだったねと言うと、長い間行けなかったことが恥だった、と昔言ったことがあります。アメリカの歴史の授業ではそんなことには全く触れないけれど、第二次世界大戦時、日本人は国を、アジアを欧米諸国から守ろうとした。負けるとわかっていてもしなきゃいけなかった(というと語弊があるかな…?)戦争だったかもしれない。今の世界事情とは全く違う。そしてあの時、日本は戦争に負けて戦争はしないと決めた。それはとっても尊いことだと思います。憲法第9条はなくならないよね???
こんにちは。
人間は生まれながらにして平等というのは、生きる権利があると言う意味であって、その境遇については千差万別。ホントに戦火のもとで生きなくてはいけない子がいるのも確かですね。先日もそういう戦うことしか教えてもらってない子供たちに、学校を作って平和思想を勉強してもらおうと、学校建設をする話をテレビで見ました。日本はあまりに平和過ぎてピンとこないかもしれませんが、人間同士が仲良くつきあっていく方法っていうのは、しっかり自分で考えてみなくてはいけないと僕も思います。
学校選びも大変なんですね!。たしかに今や学校もその個性と学習環境、友達関係などが大切な要素なんでしょうね。うちは子供がいませんので、ちょっと疎いのですがとても悩むところだと想像はできます。
いろんな国に徴兵制自体が存在することに疑問がありますが、どうしてこう人間はいがみあって生きていかなくては、地球上に存在できないのでしょうかね?
これからの子供たちにも平和っていうものをしっかりと考えていってもらいたいものです。そうそう、昨年広島の原爆記念館で体感したあの雰囲気こそ、日本人であれば誰でも感知できるものと思いました。
人間の命の重さです。はかりしれない重さです。
こんにちは。
地球上の上に住む人間で、戦争をしたいと思っている人がどれだけいるのだろうか?
相手を殺してまで自分が生きたいと思っている人がどれだけいるのだろうか?
地球上人口の数%も占めないと僕は思っているのですが、いかがでしょう。ということはその数%の人物たちが世界を戦争の危機に陥らせているのでしょうか。許せないことです。
未だに正義の味方を装って軍を派遣している国々が、戦争をやめるのはいつになるだろう?。マグロ見たいな回遊魚のように泳ぎ続けないと死んでしまうのと同じで、戦争をしていないと国が滅んでしまうのでろうか?
MIHOさんのおじいさんの戦争体験世代は、ある意味日本軍国主義に洗脳され、おかしくされていたのは事実でしょう。その時のおじいさんを否定することはできないと思います。でもこれからはしっかりと地球上で生きていく術のひとつとして、しっかり「NO!」を叫び続けないと、人類存亡も危うい自体になりかねません。
ああ、先が明るいのか?、それともお先真っ暗なのか?
自分で生きていく上では、未来に光明を見いだしていきたいものですよね!!
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