FC2ブログ
ホーム > > ひょっこりひょうたん島へ島流し

ひょっこりひょうたん島へ島流し

IMGP7874.jpg
ローカルな両毛線(右)。扉は手動です!

旅の友には本が一番。
電車で駅弁を食べながら、一冊の文庫本「るにんせん」を片手に読んで行くことにした。
いつもなら前橋への出張は愛車マセラティで突っ走っていくところだが、まだディーラーから戻って来ず(マイブログ「犯人へ告ぐ!」参照)、久しぶりに電車をぶらり乗り継いで行くことになる。

31645579.jpg
「るにんせん」
単行本は青表紙です。

「るにんせん」とは「流人船」のこと。
建築家として有名な團紀彦氏が書いた処女作小説。團さんのお父さんは作曲家の團伊玖磨さん。童謡「ぞうさん」やエッセイ「パイプのけむり」で有名。
この本、建築家の作品ということと、八丈島への島送りというあまり自分の知らない世界が描かれており、顔を突っ込んでみようということで本屋で手にしてしまったのである。
八丈島は大昔NHKで放映されていた「ひょっこりひょうん島」のモデルになった島。私は大島までしか行ったことないが、やはり大平洋の中のひとつの孤立した島という印象が強い。船で伊東から1時間揺られていくわけだがそれだけでも本州を離れたなあと実感してしまうものである。いわんや東京から300km離れた八丈島をや!

死罪寸前の重罪人が流される流刑の島。それが八丈島。
脱出成功者はいないと言う。それもそのはず。黒潮の流れの存在も知らず、ましてや八丈島の位置もわからずただただ狭い「るにんせん」に何日も乗せられて島送りになるのだから。
この小説、構成の中で巧に「伊能図」が登場人物の運命を左右しているのだ。幕府絶対禁制のおふれを出していた伊能忠敬の測量・作成した地図である。その精密さには時代を考えると感心させられてしまうと同時に、伊能図の美しさに目を惹かれる。
賭博で島送りになった喜三郎。唯一八丈島からの「島抜け(脱出)」に成功した実在の人物なのである。「伊能図」を訳あり手にすることができ、綿密な計画のもと決行を決意する。同じ島流しになった吉原遊廓の女郎・花鳥と痛切な恋愛関係になり、一緒に島抜けして本土に辿り着く。そこで迎えた悲惨な運命、奇妙な運命、絡み合う人間模様‥‥。

この小説、実はとてもよく歴史的考証と史実に基づいての構成がうまくできている。團伊玖磨氏の書斎にあった「八丈実記」と「八丈島流人銘々伝」を詳細分析して構成されているためである。断片的な史実をつなぎ合わせ、そこにフィクションを紡ぐことで小説の面白さを高めることを意図したのだ。團紀彦氏が言うように、「建築遺跡の再構築」の作業のように。
その小説の仕組みを知って読むとより一層、面白い小説になると思う。
またこの本を原案とした、奥田瑛二監督の「るにん」もロードショーされている。

zu_ino01.jpg
伊能忠敬の作成した地図。
伊豆七島、八丈島の詳細が判る。精密かつ美しい!

最近、小説の構成にすごく興味ある。東野圭吾の「容疑者xの献身」なども「2本の平行線は交わらない」的構成(読んでみて下さい)と、数学者と物理学者の論理的思考回路の展開は見事であった。

もし八丈島に島送りになったらどうします?
何割かは恩赦・特赦で戻ることができたそうです。
島の生活を楽しむか?死にものぐるいで脱出するか?
僕だったら真面目?に自然を楽しみながら暮らし、恩赦を気長に待ちますかね~!
[ 2006/03/07 16:08 ] | TB(0) | CM(10)
犯罪は犯罪だけど、賭博や女郎でも島流しってかなり厳しいと思いません?
でも、この本、私も読みたい。
ひょっこりひょうたん島みたいだったら楽しめるかもだけど、実際はどうなんでしょう?食べる物あったのかなあ?周りは皆犯罪者でしょ。脱出したいかもなあ。でも25メートルも泳いだら(今はもっと短い)アフアフしちゃうから無理だろうなあ。
[ 2006/03/07 18:09 ] [ 編集 ]
殺人・賭博・火付けなどいろいろな理由で島流しがあったようです。特に極悪が八丈島への流島で、通常の島流しの船には「流人船」の旗が船尾につくのですが、八丈島送りだけは「るにんせん」とひらがなだったそうです。
実際かなりひとりひとりの記録が島に残されているようで、団さんも相当調べあげてこの小説書かれたのだと思います。
小説にも出てきますが、飢饉の時の島流しも壮絶な生き地獄の様相です。船での脱出も「伊能図」があったからで、手ぶらで大平洋に出たら、イコール「死」です。
25m泳いだところで誰かが助けてくれれば、別ですが‥‥。
[ 2006/03/07 19:37 ] [ 編集 ]
>実際かなりひとりひとりの記録が島に残されているようで

うーん、八丈島行ってみたくなった。そのひとりひとりの痕跡が見てみたい。ついでにひょっこりきょうたん島気分も味わう為に、中山千夏さんに同行して頂きたい。
[ 2006/03/08 08:37 ] [ 編集 ]
 佐渡は、平安時代から流人の島でした。順徳上皇、世阿弥、日蓮など文化を伴った流人が多いですね。佐渡の能は有名ですよ。
 江戸時代になると、金山での労働力として流人が使われました。過酷な労働や事故で命を落とすものも多く、八丈島よりもある意味ひどい所だったでしょうね。
 私は、大学から無歯科医村に派遣されてましたが、開業するまでに100回ほど佐渡に行ってます。医局では、「島流し」と呼ばれておりました。
[ 2006/03/08 13:01 ] [ 編集 ]
ここでは、初めまして。
さかきばらです。そう、工繊の、同じアパートの、日下の友人。
mixiから、ここに、たどり着いた訳です。
すてきなブログ。かっこいいです。
僕は、自分らしく泥臭く。
建築っていろんな面をもっているなーって。
本当に幅が広く、奥が深い。
いろんな切り口がある。

團紀彦さん、お父さんのパイプのけむりはよく読んでた。そうか、こんな本も出していたんだ。
才能、一人でいくつも持てる。
すみません。長くなりました。また来ます。
[ 2006/03/08 13:13 ] [ 編集 ]
団さんの設計した真っ白なガラス工房なんかあるよ!と言っても行ったことないのだけど。
中山千夏、懐かしいけど同行するにはお年寄り過ぎるのでは?。
でも孤島で自然を満喫することは、この上ない贅沢ですよね!
[ 2006/03/08 20:01 ] [ 編集 ]
佐渡といえば金山の知識(華やかなイメージ)くらいしかありません。間違ってました!。世阿弥・日蓮さんも島流しですか?。
佐渡だと本土から目視で確認できるのでしょうか?。島流しも本土が見えるか、見えないかで大分気持ちが違うような気がします。
他にも隠岐島の後鳥羽天皇・後醍醐天皇も歴史で勉強しましたこと思い出しています。
お医者さんもたいへんですね!大学医局は小説の世界でしか知りませんが、とても大変そうな環境ですね。「島流し」とはいえ、やっぱり庶民はお医者様がいないと生きて行けません。これからも頼りにしてます!
[ 2006/03/08 20:13 ] [ 編集 ]
先輩、ようこそ。お誉めいただきありがとうございます。
團紀彦さんはやはりご幼少のころから、お父さんの影響をいろいろ受けて成長されたのだと思います。
私の以前いました芦原事務所にも仲良くしていただいている先輩で、東大で團さんと同級生だった人がいます。その当時は東大理1で建築学科が一番進級(3年次)が難しかったそうで、そうそうたるメンバーが今も建築家として活躍しています。何をするにも優秀だったに違いありません。
團さんはまた小説書き続けるのかしら?
また、ちょくちょく覗いてみてください。よろしく!
[ 2006/03/08 20:23 ] [ 編集 ]
八丈島は中丸に通ってた頃に行ったことがあります。行きは飛行機、帰りは“すとれちあ丸”という船で帰ってきた覚えがあります。(ほんとかな?)

その八丈島が、ひょっこりひょうたん島だったこと、そして島流しの島だったこと、はじめて知りました。

東野圭吾さんの作品は大好きでなんさつも読んでいるので、るにんせんもぜひぜひ読んでみたいです。
でも、私、本に没頭すると寝ないで読んじゃうんですよね~!!
[ 2006/03/09 02:42 ] [ 編集 ]
船だと時間かかるでしょう?酔いませんでした?
小学生のときに八丈島行かれたなんて貴重な体験でしたね。

僕が中丸小にいた時、同じクラスにコンテナ貨物船の船長の息子がいて、友達何人かが招待され、船長さんに案内してもらいました。当時先端のカッコいい貨物船で、船内で出されたアメリカ産のコカ・コーラを飲んだのが今でも忘れられません。

僕ももう少ししたら東野圭吾さんの本を読もうと思ってます。現在買いだめし過ぎ、机の上にたまってます。
[ 2006/03/09 10:45 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する