ひさしぶりに素晴らしい小説に出逢った。
第140回直木賞受賞作品『利休にたずねよ』(山本兼一著)である。

多くの小説は時間軸に則してその話が展開していく。
この『利休にたずねよ』は時間のベクトルが逆方向に向かうところに、小説の特異な奥深さを魅せるのである。何章にもわたる「茶」を通じての利休とその回りの歴史的人物とのものがたり。序章から利休切腹の当日という設定で物語は始まる。秀吉に愛され、秀吉と共に神格化された利休も、最期自らのいのちを秀吉の命によって絶たれるという運命を辿る。
さて小説は時間を遡って展開していく。ここで著者の巧みな構成と見事なまでの世界に、我が身を投じてしまうことになる。はて?、この感覚は一体なんであろう?。未体験の世界に墜ちいってしまった。その瞬間『宇宙』という言葉が僕の頭の中を過った。著者は利休の生き様をどうやって描写することかに相当な熟考を重ねたに違いない。その手法として「時間の逆行」が大きな役割を果しているのだ。
『宇宙』は「ビッグ・バン」から始まったとされる。時間の経緯とともに今も宇宙は膨張し続けている。不思議なことに、時を逆行してその宇宙の遥か彼方の果てを観ることで『宇宙の始まり(=宇宙の本質)』を知ることになる。
『利休にたずねよ』も序章の利休切腹当日から始まるが、利休の生涯、そして茶を通じての利休の美学、そして審美観はどんどん時間を遡らせることによってのみその『利休世界の本質』に辿り着くのかもしれない。豊かな多角的視点からの利休へのアプローチもさることながら、この小説に描かれた利休の生き様にはあらためて興味を彷佛させられる。
きっと僕自身が利休の有する独自の美学『利休の宇宙』に嫉妬しているからかも知れない、、、
「わしが額(ぬか)ずくのは、ただ美しいものだけだ」 千利休
頭のなかで宇宙が広がる書物、最近読んでないなあ!
千利休の色々は、あくまでも歴史上の話しか知らないため
私も折をみて利休にたずねよを読んでみたいです。
額ずくのは、ただ美しいものだけだ
という言葉。
利休にとっての美学とはどういうものだったのかをその書で垣間みるにしても、彼の世界観を共有しないと難しいのかなあ、なんて考えてしまいましたが
少しでも自分の世界観、宇宙観?!が広がると嬉しいです!