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『陰翳礼賛』再読


大震災以降、被災地復興の動きと同時に、日本自体も大きく変わろうとしている。大袈裟に言ってしまうと単なる東北の復旧/復興ではなく日本をリセットする『日本文明の転換再生期』になるかもや知れない、、、

特に原発事故による関東近郊での計画停電によって、省エネルギー・省電力の思想が日本にも行き渡り、東京の夜も以前と比べれば相当に暗くなっている。煌煌と輝いていた暴力的なネオンサイン、眼が痛くなる程のコンビニの真っ白な店内、残業でほとんど人がいないのに全照明が点灯していた幽霊オフィスビル、、、それがアノ日以来、東京の夜景を一変させた。ネオンは消え、コンビニの棚は暗くなり、オフィスもスポット照明となり、地下鉄も蛍光灯が半分撤去された。でも暗くなったことで、東京の夜空では星星がより輝き、今までとは違った夜の雰囲気を味わう機会を得た。人間は環境に順応する動物である。ここのところの街や家の暗さに慣れて、身体がしっかりと順応してきている。僕なんかは今くらいの明るさで世の中は十分であるとさえ感じる。今まで馬鹿みたいに限りある電力を無駄遣いしていたかと思うと恥ずかしい思いに駆られる。結局日本全体で考えれば、今後の電力需要は大幅に削減できるのではないかと再考する大きなきっかけにもなったのであろう。原発に頼る発電も見直され、新たに地熱発電などの別方式の開発、模索が真剣に取り組まれ、再生日本のターニングポイントに立たされた感じがする。

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「暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った」谷崎潤一郎『陰翳礼讃』より


僕の座右の書でもある『陰翳礼賛』。谷崎潤一郎、1933年の著作であるが、世の中が西洋文明化によりどんどん明るくなると同時に、日本古来の「陰翳の美学」が消えつつあることにエッセイを通して警鐘な奏でたものである。古より蝋燭・行灯→ランプ→蛍光灯→(LED)と文明の利器は日本人の生活を豊かにしてきた。その便利さ故に、人間にとって大切なモノを奪い取ってしまった、、、それは『陰翳を愛する心』。古来より日本人は『陰翳』に対して繊細な美意識を持ち合わせている。世の中に存在するものは光と陰翳で認識される。明るい処は暗い処があるからこそ認識されるのであり、その逆もまた真なり。建築においても陰翳をいかにデザインするかは、建築家にとっての大きな課題でもあるが難問難題である。とかく陰(影)はマイナスイメージを有するものであるが、実は陰こそが人間の頭の中での創造力を高めてくれるカンフル剤ではないかと思う。見えない、又は見えにくいからこそ、悶々と頭を働かせて見えないものを見ようとする、もしくは思慮とする。その見え方は千差万別でよい。答えがある訳でもない。いろんなモノの見え方があっていいと思う。そこでお互いを認め合うのもいい。人間同士の複雑な関係をも『陰翳』が換えてくれるかもしれない。暗い今こそが、明る過ぎる文明から脱却し、転換させ、新しい日本を再生する絶好の機会ではないだろうか!。


追伸。陰翳を礼賛してきたが、震災に遭われて今も仄暗い避難所で生活されていらっしゃる被災者の方々を思うと心が痛む。現時点の被災地においては「明るさ」が大切なのも重々承知している。心の明るさだけは失わないでほしいし、僕たち非被災者みんなが東北にエネルギーを送れるように心がけていきたい。


[ 2011/04/22 10:16 ] | TB(0) | CM(4)
薄暗い所になぜか惹かれますよね(私だけ? 笑)。

ハレとケを使い分ける日本人ならではの、「陰」への意識の鋭さは世界的にも独特なのではないかと思います。
障子紙の絶妙な光の入り方、そこに透かしを入れたりするアレンジ。
あえて植栽の影を障子紙に映したり、月明かりを水面に映してみたり。

そんな薄暗い明るさ(変な表現ですが)の片隅の闇に何かが潜んでいる予感・・・

漆黒の闇を照らす星明かり・・・
そこに浮かび上がる容にゾクっとする。

そんなところに日本人を感じます。








[ 2011/04/22 23:08 ] [ 編集 ]
こんばんは。
パグさんの陰翳に対する感覚がとても僕と近似していたので嬉しい思いです♪。
かつての日本は家の中は仄暗く、夜ともなれば闇夜で蝋燭の灯火だけで生活していたわけです。眼からの上方が絶たれれば想像力を掻き立てられるものです。オバケや幽霊もそんな創造物だったのかも知れませんね。暗いと創造力を高められるのは確かです。PC社会は決して暗くありませんが、もっと脳を駆使しての創造力は目を瞑ってでも生まれるように、瞼の裏に浮かぶ事を生み出せばいいのです。僕も良くソレをやってます(笑)。

ひとはニ極化して対比するのを好みますが、光と陰翳は一対のものです。京都のお寺で庭園を愛でる時も、陰影の織り成す光景は目をみはるものがあり、日本人であれば誰もがそこにず~っと座って愛でていたいと思うことでしょう。光が在るから陰影を生じ、陰翳があるから明るさが強調されるのではないでしょうか。

この本の有名な語りに、羊羹の一説があります。

【人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。】

コレは日本人でないと理解出来ない感覚だと思います。その感性は素晴らしい!。日本人で良かったと思う瞬間です。
いろんな陰翳を感じて、目を瞑って創造力を掻き立てていきたいものです。
[ 2011/04/23 00:45 ] [ 編集 ]
『陰翳礼賛』最近多分買ったと思ったんだけどまだ読んでない。。
【人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。】
奥深い!! 羊羹食べよう~ 『陰翳礼賛』も読もうっと。
夏目漱石の『草枕』にも(藤村というお店らしき)の羊羹のくだりがあってすごくいいなと思ったんだけど、谷崎潤一郎にもこんな表現が。羊羹には陰翳が溶け込んでいる! 日本家屋にこの陰りのようなものがあるよね、ことばでは説明できないんだけど、これは日本の感性だと思っています。そうか、日本家屋で食べるから羊羹はいいのかもしれないなあ。

そういえば前に表参道の道沿いのぼんぼりかなにかの話題で、ちょうちんを下げて街を歩いたら素敵だとか書いた覚えがあるんだけど、節電の陰翳のある街にはちょうちん、似合うかなと思いました。
[ 2011/04/24 21:50 ] [ 編集 ]
こんばんは。
この本は薄いのでしっかり捜して、読んでみて♪。
僕は建築学科1回生の時に読んで以来、何回も再読する書になっています。陰翳をデザインした建築の難しさ、、、人生最期までの挑戦課題ですね。そして1回生の時に読んで素晴らしいと思ったのが「街並みの美学」。まあ結果的に大学を卒業してこの著作者の建築家・芦原義信氏に師事するとは自分でも思いもしなかった事ですが、、、(笑)。

漱石の「草枕」での羊羹の一節も有名ですが、さすがレイコさん!。日本人であれば、どこで、どんな風に出され、どんな処で、何と一緒にいただくと、最高の羊羹を堪能できるかを答える事ができると思います。勿論
最低条件は「美味しい羊羹」ですけどね!。日本人の血の中に流れている遺伝子でしょうか?。日本の良さは至る処にあります。陰翳に其の美を発見した谷崎の美学は素晴らしい処思います。。が、この本、というか文章の質について、松岡正剛の「千夜千冊」では案外厳しく酷評されているのも興味津々。一度ググってみて!(笑)。

表参道のぼんぼり照明、、、やっぱり柔らかな光は仄暗い処が似合いますね。これからは東京の夜も今くらい薄暗くてもイイと思う。煌々とした中では刺激が有り過ぎます、、、光学的刺激の少ない夜に、じっくりとモノゴトをいろんな事を考えてみるのもいいんじゃないかな、、、?。そんな時間が必要です。
節電もみんなでやってみると、案外できるもんだ!と反省と自戒をしつつ自信がもてるのと、これからも節電を継続していこうという思想が生まれる。素晴らしい事だと思いませんか?。こうやって震災を機に、日本がイイ方向に向かって再生して行くとイイなぁ~!。
[ 2011/04/25 00:36 ] [ 編集 ]
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