ホーム > スポンサー広告 > ある地鎮祭@生家ホーム > 建築 > ある地鎮祭@生家

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

ある地鎮祭@生家


「ある家」の地鎮祭が5/22日曜日の大安にとり行われました。

DSCN0033.jpg

「ある家」と書いたのは、この家は半世紀前に「僕が生まれた家」だったのです。
今は亡き祖父母の家として戦前から建っていた家は、叔父に引き継がれ、今は従兄弟家族と一緒に2世帯の家として存在してました。老朽化も進み、数年前から建替えの計画が進み、ようやくこの地鎮祭の日を迎えることができました。

僕の両親はこの家の一角に祖父母と共に住んでおり、そこで僕は生まれた訳です。父は銀行員だったこともあり、僕が生まれて3ヶ月後にはこの家を去ることになってしまったのですが、物心ついた幼少の頃のこの家の記憶は今もとても鮮明です。祖父は樹木や石を愛し、中庭にあった大きな池には何匹もの大きな錦鯉が優雅に泳いでいたものでした。池の上にある渡り廊下を渡って、かつて両親の住んでいたに部屋に行くのですが、子供の頃はその暗い渡り廊下を通過するのがとても恐怖でした。ドキドキしながら肝試し気分で離れに行っておりました。

その家も激動の半世紀を生き抜き、新しい家に変身することになりました。
叔父叔母、従兄弟は快く設計を僕たちに任せて下さり、ようやくこの目出たい地鎮祭を迎えることができたのです。
かつて自分の生まれた家を設計する機会を得たこと、この上ない幸せを感じています、、、

DSCN0069.jpg
神官さんは伊奴神社から。御犬様を奉ってあります。基本は安産の神様です(●)

地鎮祭を終えて、近隣に挨拶まわりに行きました。
敷地西側に住む90歳を超える元気なおばあちゃんにも模型を持って丁寧に説明しました。叔父が「この設計者は僕の甥で、長男の子なんです」と切り出すと、白髪のおばあちゃんが「じゃ、あの銀行員だった長男さんの、、、1月に大阪に転勤されていかれた、、、」と半世紀以上も前のこと(名古屋から大阪は甲子園に転勤)、しかもその引越していった月のことまで記憶されていたことにビックリでした!。赤ん坊の時の僕のこともよ~く覚えて下さっていたのです。笑顔が素敵で元気なおばあちゃんで、感動してしまった次第です。ご近所付き合いもこのあたりではまだまだ大切にされています、、、

DSCN0073.jpg
地鎮祭後、模型でイメージを膨らませ夢中に遊びまくる姪と甥、、、
「壊すなよ!(心の叫び)」(笑)

P.S.
名古屋に一緒に連れて行ったシャマルとカリフはこの地鎮祭の間は、実家の両親に面倒を見てもらいました。初めてのことだったのですが、何とか5時間のお留守番ができました。ちなみにふたりとも両親の膝の上にず~っと鎮座していたそうです。お昼ご飯も両親は立ちながら食べたとか、、、
もう少し躾をしなくては!!!(笑)

[ 2011/05/24 11:48 ] 建築 | TB(0) | CM(2)
とうとう現場が始まるのですね!
もし可能なら途中経過や完成の写真&レポートがブログにUPされるのでは?っと今から楽しみにしています。

ご多忙とは存じますが休憩がてら我が家へも寄って下さい。
[ 2011/05/26 23:28 ] [ 編集 ]
こんばんは。
ということでいよいよ着工しました叔父たちの家。
この日もショートステイだったので、家、現場、家、東京って感じで、ご連絡も出来ない状況でスミマセンでした。
もう少ししましたら落ち着くでしょうから、必ずお声をかけさせていただきますね。でもシャマカリも一緒ですからね!(笑)。またカプご夫妻に抱いてもらえるのを楽しみにしてますね。

また東京にお越しの際には御一報下さいマセ。
カプさんにもヨロシクお伝え下さい♪
[ 2011/05/28 00:23 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。