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『三陸海岸大津波』@吉村昭


これは読んでおかねば!、、、と手にした本。
過去3回の三陸海岸を襲った大きな津波について、吉村自らが足を運んで事実認識をし、前兆・被害・救済などの様子を被災者の体験証言を聴き集めてまとめられた内容となっています。
「明治29年の津波」「昭和8年の津波」「チリ地震津波(昭和35年)」という明解な3部構成。
それは恐ろしい史実を基にしたリアルなイメージ再現を可能とする巧みな文章。吉村としても文学としてでなく、ひとつの「地方史」としてまとめる使命を感じたとのこと、、、なにより三陸海岸を愛した吉村の目に写ったコンクリートの「防潮堤」、その異様な印象に触発されて三陸津波への興味が深まったとのこと、、、そこからこの本が生まれました。

P5120009.jpg

処々に点在する挿絵はあまり具体的でかつ悲惨で、目にする者の五感に訴えかけるものです。実際には三陸海岸を襲った津波は、結局毎回甚大な被害を残し、被災者の身も心をボロボロにするものでした。しかし東北の人々は強い!。何度も立ちあがるパワーを有していたのでした。
こんな文がありました。
『三陸沿岸の海は土地の人々のためにある。海は生活の場であり、人々は海と真剣に向かい合っている』
確かに現時点で微かな復興の兆しがあります。船を自ら修理して海へ漁に出る漁師たちの姿です。その人々の気持ちは、古の時代から遺伝子に組み込まれていたものなのですね。

過去の津波被害を教訓に、当然のことながら津波対策は入念に練られていたことも知りました。高所移転して住宅高所建築が進められていきました。並行して防潮堤、防潮林、安全地帯への避難道路整備など、命を守る術は頑張ってやってきました。同時に津波を予知する心得も習得してきたのです。それにもかかわらず今回のような大地震と大津波にとっては、人間はあまりにも小さな存在だったのです。
過去の津波犠牲者の数も様々な教訓を活かして減少傾向にありました。「明治29年の津波ー26,360名」「昭和8年の津波-2,995名」「チリ地震津波-105名」、、、しかし今回の東北地方を襲った大津波はこれをも超える犠牲者数になります。
文中の、上記を含めて過去4回の大津波を経験したおじいちゃんの言葉がとても印象的でした。
『津波は、時勢が変わってもなくならない。必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分に警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う』
こう願いたいところでしたが、、、、

自然は、人間の想像をはるかに超えた姿をみせてしまったのでした、、、

改めて被災された方々、そして生きとし生けるものへの哀悼を心より捧げたいと思います。
ちなみにこの本は吉村昭氏の妻・津村節子さん(芥川賞作家)のご意志により、増刷分の印税全てを被災地に寄付されることになっています。みなさんもぜひこの本を読んで「津波の史実」を学んでみるのはいかがでしょう。

[ 2011/06/01 15:10 ] | TB(0) | CM(0)
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