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Beatles Forever

1966v.jpg
1966年来日公演。JALのハッピ姿のビートルズ。

朝日新聞の朝刊を読んでいて気付いたのですが、今日6/29はビートルズが来日してちょうど40周年という記念日なんですね!。

僕がビートルズの音楽に出会ったのは小学校5年生の時。
そう、まさにビートルズが解散したその年(1970年)でした。
ちょうど日本は高度成長期のまっただ中、その年の秋には大坂で初めての万国博覧会が盛大に開かれたのでした。

5年生ともなると、夜にシ~ンとなった部屋で勉強することにちょっと憧れ、ラジオを聞きながら勉強するのがまたオツなものでした。どんなにいいかげんな勉強かお判りでしょう。
そんなラジオから流れてきたのが、「Come Together」「Because」「Something」「Here Comes the Sun」など、「アビーロード」というアルバムからの曲だったのです。深夜静寂の中、「シュ、」という吐息音から始まる「Come Together」には、思わず鉛筆を動かすのをやめて聞き入ってしまった次第でした。音楽分野における初めてのカルチャー・ショックです!

次の日、さっそくヤマハのレコード屋さん(浜松でしたので本店です!)に行って、ビートルズのアルバムを買いに出かけたわけです。まず4人が横断歩道を渡っている有名なジャケットの「アビーロード」を手にしたのです。
そこからビートルズにのめり込み、当時学校の下敷きもプラスチックで写真などを挟み込むことができるものが流行ってましたので、当然のことビートルズの写真でいっぱいになりました。特にポールとジョージの写真が中心でしたね!。友達と写真の交換なんかもやってました!
特に僕は右脳的人間でしたので、メロディーのみにかなりのめり込みました。歌詞はレコードを聞いて、音として認識して適当に意味も判らず覚えてしまいました。中学生になって歌詞を判る範囲で分析はしましたけど‥‥。

ビートルズは音楽の革命児として世界を動かし、その音楽の与えた影響力ははかり知れないものがあります。
美しいメロディ、そして彼らの思想や世界観を盛り込んだ詩の中にその普遍性を見い出すことができ、とにかく多くの曲が世界中の人の心を感動させたことは間違いないでしょう。

今やポールとリンゴのふたりしかいませんが、今だに音楽を通じて自分を表現しているその姿には大きな拍手を送りたいと思うのと同時に、不運にして亡くなったジョンとジョージのご冥福をお祈りしたいと思います。
いつまでも4人のメッセージは世界中の人の心に響き渡ることでしょう!
Beatles Forever!!
[ 2006/06/29 17:21 ] 社会 | TB(0) | CM(14)
初めて買ったLP(!)ローリングストーンズでした(^-^;;
ビートルズ来日「騒動」のTV報道は覚えています。
[ 2006/06/29 20:56 ] [ 編集 ]
R・ストーンズですか!
未だにみんなカッコよく活動してますよね!
エアロスミスにしろ、おじさん達みんな、見習わなくっちゃ!
ところで来日の時って、小学校1年くらいじゃない?
良く覚えてるね!
全然記憶にございません、私は。
[ 2006/06/29 21:06 ] [ 編集 ]
来日は、私が生まれる少し前…。ビートルズのアルバムで、最初に買ったのは高校の時、『ホワイトアルバム』(2枚組)でした。「レボリューションNo.9」という前衛音楽は、ちょっと私には怖かった。ポールのコンサートには行きましたよ。確か平成3年頃だったかな~。
[ 2006/06/29 22:05 ] [ 編集 ]
中学生の頃、粗大ごみ置き場で拾ってきたトリオのステレオセットでよくビートルズを聴いていました。
いまだに新鮮な気持ちで聞ける曲ですね。
初めてベースで弾いたのもビートルズのデイテゥリッパー(こんな名前でしたか?)でした。

ストーンズの初来日ライブもテレビに釘付けでした。
ライブチケットが取れなかったので(というか買う金もなかった)、テープに録音しました。
懐かしいです。
[ 2006/06/29 23:47 ] [ 編集 ]
私がビートルズの曲を始めて聞いたのは、“HELP”です。
中学の英語の授業のときに先生に聞かされて、みんなで覚えました。

どうやら先生はビートルズのファンだったようです。

[ 2006/06/30 03:46 ] [ 編集 ]
ビートルズは聞こうと思わなくても、ラジオから流れて、小さくてもメロディーは覚えちゃいましたね。でも、私はどちらかというと、元々R&B系が好みだったようなので、ローリングストーンズの大ファンでした。
中学生くらいからジャズにのめりこんでしまい、色んなジャズ歌手もビートルズの曲を歌っていたし、ビートルズはいつまでたっても、皆に愛されるバンドですね。
因に私はストーンズが好きでも、下敷きにはさんでいたのは、日野正平(漢字これ?)でした。:)
[ 2006/06/30 10:54 ] [ 編集 ]
あのアルバムも凄かった!
「Helter Skelter」はショックでした!!
「While my guitar gently weeps」のクラプトンの泣きのギターも感動的でした!
平成3年というとまだリンダが元気なころでしょうか?
[ 2006/06/30 13:19 ] [ 編集 ]
Daytripperですね!
ビートルズの曲にはハズレがないと思いませんか?
好き嫌いはあるでしょうが、音楽性はどれも優れたものを持っていると思います。
「オリジナリティーとメッセージ」
インテリア・家具・建築でも最も大切なところですよね!!

僕は何年か前にエアロスミスを東京ドームに聴きにいきました。結局最初から最後まで立ちっぱなし、もちろん指定席でしたよ!それは興奮、興奮!!
[ 2006/06/30 13:38 ] [ 編集 ]
なかなかいい先生じゃないですか!
ビートルズで英語に親しむっていうのも悪くないですね!
「Help」あたりでビートルズメンバーの心の叫びが聞こえ始めてますが、あんだけ殺人的スケジュールをこなすのもさぞかし苦しかったことでしょう。
僕なんか、仕事がヒマになりそうになると「Help」です!
[ 2006/06/30 13:46 ] [ 編集 ]
僕のまわりは圧倒的にビートルズでしたが、今のローリング.ストーンズも大好きです。
やっぱり長く音楽活動できるのは、彼等の才能はもちろんのこと、音楽ポリシーを貫いているからでしょうね。
見習わなくっちゃ!

火野正平を挟んでいたんですか?
NHKの「国盗り物語」なんかでの記憶は鮮明です。まだ髪の毛がいっぱいあったころですが‥‥。
渋い役者好みだったんだね、MIHO さんは!
[ 2006/06/30 13:55 ] [ 編集 ]
izmyさんもarchitectさんも早かったんですねぇ。同学年とは思えない。
私は「お荷物小荷物・・」という中山千夏が出ていた番組(知らないよね。好きだったの)で林隆三が「レットイットビー」をピアノ弾き語りしたのを聞いたのが最初の遭遇でした。やっぱり5年くらいだったかな。本物を聞いたのは中学に入る前後くらいだったと思いますよ。
中学の音楽鑑賞クラブでビートルズ聴いていてお目玉くらった覚えがあります。(某シャンソン歌う方も一緒のクラブでしたっけ)
ちなみに最初に買ったレコードは「戦争を知らない子ども達」だったような・・・(ジローズも好きだった)
思い出の曲のCDはもっと古い洋楽も必要だったかも???
[ 2006/07/01 09:16 ] [ 編集 ]
なんか「スレージ101」の時代になってきたね!
まだビートルズは鑑賞の対象外の時代ですか?
音楽に国境はなく、どんな音楽も鑑賞に価するはずなんですが。いまでも学校ではそんな状態なんでしょうか?音楽こそ自由の象徴のような期がしますがね‥‥。
そのシャンソン歌手って、北高卒の東大卒の方ですか?
同じ中学だったんだ!

最初のレコードはぼちぼちさんらしいかも?!
浜田省吾はまだもっとあとなんですね!

[ 2006/07/01 10:37 ] [ 編集 ]
「While my guitar gently weeps」…あの曲を聴いて、ギタープレイには個性があるんだという事を知りました。あのアルバムの中では、ポールの「ブラックバード」が好きですね。

コンサートの時、確かリンダも演奏してたはず…。アンコールで「イエスタデイ」を歌ったポールに大感動しました。アコースティック一本で演奏し、満足感があったなあ。その後、外タレのコンサートには行ってません。
[ 2006/07/01 17:33 ] [ 編集 ]
クラプトンのあの演奏は、ジョンでもジョージでもないのは判ります。かなり上手かった!(ビートルズに失礼)
White Albumを持っている人はかなり通でしたね!

生演奏をお聴きになってるなんてうらやましい!
今も毎日CSやBSのどこかでビートルズをやっているので、チャンネル回す度に、見入ってます。
[ 2006/07/01 17:43 ] [ 編集 ]
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