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稲の絨毯

IMGP9855.jpg

先週末まで1週間お盆休みと言いつつも、土曜日は前橋にあるこどもクリニックの現場でした。
打合せ途中、気分転換ということで猛暑の中、現場の外に出てみるとまわりが田んぼでした。
車に乗って仕事場に行くと、まわりをそんなに注意していなかった自分がいることに気付いてしまいました。
いかん、いかん、まわりによ~く目をやらねば!

もうそれは見事な稲緑の絨毯。
あまりの美しさに目を奪われ、写真に収めておこうとカメラを構えていましたら、
 「おお、自然観察ですか?いいですね!」
と犬を連れた麦わら帽子をかぶったおじさんが話し掛けてきました。カメラに夢中になっていて、振り返らずに
 「そうなんです。あまりに稲の緑が美しいものですから」
と回答してからゆっくり振り返ると、さっきまで現場で打合せをしていた小児科の先生ではないですか!。姿を変え、犬の散歩途中だったので、まさかこんなところで声をかけられるとは思ってもみずビックリした次第です。

それにしても今年は梅雨時に豊富な雨、その後はたっぷりの太陽の光。
きっとお米も豊作なんだろうなと感じながら、田んぼをあとにし現場に戻りました。
現場の広い庭ではよ~く見ると、大きさ1cmくらいの緑の子ガエルがたくさんいるではありませんか。きっと暗くなってからカエルの合唱が広い大地に響き渡ることでしょう。

IMGP9901.jpg
稲の花。白い小さな花がいっぱい。

ちょうどバケツ稲作にチャレンジしている友人ぼちぼちさんのHPを覗いてみたら「稲の花」のことが書いてありました。私の撮った写真もちょうどまさにこの開花状態。
自然の営みにもっと目を向けてみようと思った瞬間でもありました。

お米は日本人の主食。お百姓さんにあらためて感謝しつつ、秋の豊作を祈りたいと思います。

IMGP9899.jpg
稲の根元も小さな水草でいっぱい。植物共生の姿を発見。

[ 2006/08/21 14:41 ] 社会 | TB(0) | CM(16)
夏って感じでいいですね。
小さい頃を思い出します。
[ 2006/08/21 15:01 ] [ 編集 ]
この光景は暑さを少なからず忘れさせてくれますね!
日本のすばらしい財産です。
たしかに昔はおたまじゃくしやザリガニがこの田んぼにたくさんいましたっけ‥‥。
[ 2006/08/21 15:08 ] [ 編集 ]
最近、こんな言葉も死語になってしまっているのでしょうか。

小さいころ、母の実家で従姉妹たちと走り回った空き地や畑(ぉ では、草の匂いを間近に感じることができました。草で切ったり、多少かぶれて、足がとってもかゆくなったのを思い出しました。

そして、お約束のように、縁側で食べたスイカ。

残暑は厳しいけれど、夏ももうそろそろ終わりに近づいてきましたね。
[ 2006/08/21 16:35 ] [ 編集 ]
「草いきれ」という言葉、自分自身で使った記憶がありません、恥ずかしながら。さっそく辞書で調べて「なるほど!」まさにそんな感じでしたよ。

東京にいるとこのような光景にはなかなか出会うことないのですが、地方の現場だと田んぼだらけという場所はよくあります。自然は自然を呼び込むというか、虫や動物までお目にかかることもでき、自然の重要性を痛感しますね。
かぶれやかゆみもその自然の中で体験して覚えるものでした。人間の感受性はどこでも研ぎすませていたいものです。

この夏、名古屋に行っても前橋に行っても暑さはかわりません。なんか東京が居心地がいいのはどうしてでしょう?
秋の涼しさを心待ちにしているわたくしです!!
もちさんのところも海風で多少涼しいのでしょうか?
[ 2006/08/21 17:26 ] [ 編集 ]
田んぼに囲まれて育ってきましたが。。。
稲に花が咲くの知りませんでした!!
今日、稲穂がたれてきたな~
あれ?まだついてないのもあるな~
品種が違うのかな?なんて、見ていたところです。
田舎に住んでいても、田んぼを持っていないのでじっくり観察をしたことがありませんでした。
なんか、もったいない気がしてきた!!
[ 2006/08/21 23:13 ] [ 編集 ]
確かにこの時期の植物の緑は「生」の勢いを感じますよね。緑の絨毯が秋には無事黄金の絨毯に変わるように祈りましょう。
僕の小さい頃には田んぼが何反もあってお祖母ちゃんもお米を作っていたので田植えから収穫、脱穀まで手伝いましたし、冬には野球をよくやって、春にはレンゲの蜜を吸ったりして、一年中田んぼと一緒に育ったような気がします。写真のような素晴らしい絨毯は、きちんと等間隔に植えて欠かさず世話をするという単調な営みの結果でしょうけど、そんな実直さが最近では顧みられなくなっていて寂しい限りです。
それにしても、日本のお米の美しい事といったら世界に類を見ないと思います。精米後や炊き立てのお米にしばし見とれてしまう僕はちょっと変でしょうか?小さい頃からご飯を粗末にすると目が潰れると脅され、いまだに一粒のご飯も残すことができない僕は家族の中でも浮いてしまう事もしばしば。でもお米こそは日本人が長い年月をかけて育ててきた宝石のような気がしませんか?こら、こら、だから太るんだとか言わない!
[ 2006/08/22 00:23 ] [ 編集 ]
リンク有難うございました。
こちらの方では、今も二毛作をしているのか?裏作の時期の実った麦畑も黄金色でキレイですよ。それをベットにして眠れたらなぁ・・って娘が言ってました。緑一色のこの時期もキレイですが、実りの時期も是非ご覧下さい。
[ 2006/08/22 08:23 ] [ 編集 ]
友人ぼちぼちさんの方(北関東)ではお米の収穫を終えているので、すぅさんの方ではもう稲穂でもおかしくはないですよ。もう一度良く見てみてくださいな。
田んぼのまわりの環境もよ~く観察すると、新たな発見があるかもよ!?
カエルの大合唱はまだ続いてますか?
[ 2006/08/22 16:04 ] [ 編集 ]
YAZさん、そんな広大な環境でお育ちになられたのですか?存じ上げませんでした。
いろいろな田んぼ活用法も子供ながらに考えたんでしょうね。僕には田んぼで遊んだ経験はありません。

ここの田んぼも綺麗に苗を植えた結果、とても美しい光景をつくり出しています。枡の目に丁寧に植えるのは日本人の性格なんでしょう。決していい加減ではありませんよね!
YAZさんのように最初から最後までお米に携わっていると、大切にする気持ちがよくわかります。
実は私の祖父の実家はお米屋さんなので、小さい頃は従兄弟と米俵を積み上げた空間で良く遊んでました。小学校から大学生まで年末などはいつもお米の配達を手伝っていたものです。よってお米は1粒も残さないように食べます。お百姓さんに感謝です。
先日、無洗米なるものを横着して買ってみたのですが、やっぱりコシヒカリの方が旨いと感じましたね。好みは人それぞれですが、いつまでも美味しいお米を食べ続けたいものです。
[ 2006/08/22 16:16 ] [ 編集 ]
懐かしい言葉!
考えてみると実際の光景をみたことないかも。
いつもぼちぼちさんの稲ブログでは勉強させていただいております。
なかなか庭の稲も順調のようで何よりです。実際の収穫までを体験することで、農業を知るって大切なことですね!
また黄金の麦畑の画像も楽しみにしていま~す!!
[ 2006/08/22 16:21 ] [ 編集 ]
でもまだまっすぐの稲畑もありました!
かえるはまだないてますよ~
少人数にはなりましたが・・・

お米は1粒のこさず食べます。
少なからず、稲が育つのをみてきてますし!
米を作るのはむか~しは八十八の手間がかかるのだ!って学校で教えてもったりしました。

でも、先日お米好きの後輩がご飯粒をきれいに食べてないことを発見。指摘してみると・・・
「きれいにたぺるのは卑しいから」
って、言ってました。
親に教わったそうです。
なんだか悲しい気がしました。
[ 2006/08/22 22:28 ] [ 編集 ]
書き方悪かったですね~。
麦穂の話は、今の風景ではありません。春だったから、本当に二毛作なのか?麦だけの畑だったのか??ですし。
こちらの田んぼでも、まだ青々してピンと立っている田んぼと、稲穂がかなり垂れている田んぼとあります。収穫する時期になると、刈り取りが終わった田んぼとまだの田んぼが混在しますので、品種の違いで収穫時期&生育状況がずれ込むことってあるんじゃないでしょうか?すぅさんの仰るとおりではないかと・・・農業関係者に聞いてみようかな~。
[ 2006/08/22 22:49 ] [ 編集 ]
小学生の頃、田んぼの中の新興住宅地で育ったのでれんげ畑は私のふるさとの原風景です。
数年前初めて田植え、稲刈りを体験した時は感動ものでした。
じゅるじゅるの泥の感触とか、稲の穂のチクチクとか。田植え機を運転させてもらったり、はさがけの時の稲のしばり方はおばあちゃんの神業。何度見ても習得できませんでした。
最近では、千葉のJA(農協)に取材に行ったときの、太陽の光が燦燦と降り注ぐまぶしい田んぼが忘れられません。

数年前に某広告代理店の農業プロジェクトに参加して以来、「食と農を結ぶ」ためのお仕事をしてきました。その時の調査結果、提案は農水省の「農業白書」にも紹介されています!(うれしい) JAにマーケティングを導入するマニュアル本とかもつくりました。全国に出張して農業法人(最近は農家の法人化が進んでいます)についての調査をしました。

・・そして数年がたち、農業との生な接点はあまりなくなってきました。HP制作を担当しているくらいです。そろそろ、田んぼを素直な気持ちでながめてもいいかなあと思っているところです。
[ 2006/08/23 00:29 ] [ 編集 ]
本格的な茶懐石・懐石料理ではごはんのお代わりをするとき、一口分だけ茶碗に残す物だとされています。この作法は、縁が切れないようにとか、まだ食べられますというサインなのですが、普通の家庭ではこんなことやりませんよね!。ましてや「卑しいから」と言うのはちょっと疑問ですな。
すぅさんのように1粒たりとも残さないのが、お百姓さんも喜んでくれるんじゃないのかな!!
[ 2006/08/23 14:03 ] [ 編集 ]
なんか秋の光景にしては早いな~と、勝手に勘違いしてました。いつもワイフからも思い込みが激しすぎると怒られているんですが、またやってしまいました。
来週、土浦に設計した児童養護施設に出向くんですが、そこもまわりは田園風景できっとすごい緑の風景になっていることでしょう。
秋の稲の銀風景も美しいのですが、麦の銀風景を楽しみにしています!
[ 2006/08/23 14:22 ] [ 編集 ]
いいな~原風景があって!私みたいな流浪の民は確固たる原風景を持ち合わせておりません、残念ながら。
でもレイコさんのように仕事の中でいろいろな体験をしておられると、その言葉に重みがあってウンウンうなずいてしまいますね。今の子供たちも学校で田植えや稲刈りといった体験学習が多くなってきているようですが、様々な職業の人が社会でがんばっていることを少しでも知ってもらいたいものです。

「食と農」についても「食」は空気のように当たり前の存在であるのに対して、「農」についての知識たるや乏しいものです。切り離せないこの関係をもう少し国民全体が知識を持って考えないといけないんでしょうね。特にこれだけ自給自足できない国家なんですから。自分で田舎に大きな畑を持って自給自足する人も多いようですが、きっとそこでの生きることの満足感はよ~くわかるような気がしますね!
[ 2006/08/23 14:38 ] [ 編集 ]
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