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49人の母親たち

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今日は土浦市にある児童養護施設「窓愛園」に行って打合せをしてきました。
この「こども達の大きな家」を設計させていただいてから、あっという間に9年という時間が経ちました。みなさんも児童養護施設という言葉を耳にしたとはあると思いますが、児童福祉法第41条では、次のように書かれています。 
   「児童養護施設は、乳児を除いて、保護者のない児童、虐待されている児童
    その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせてそ
    の自立を支援することを目的とする施設」
593年に聖徳太子が大阪の四天王寺に悲田院(孤児院)を作ったのが記録として残っています。そのころから社会福祉事業ってあったのですね。

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いつも廊下で寝ているクマのぬいぐるみ

さて理事長といろいろとお話させていただいている中で、「49人の母親たち」というお話がありました。この「こども達の大きな家」には50人のこども達が一緒に男女仲良く生活しています。年齢は3歳~18歳。この家に顔を出すと、こども達から元気な大きな声で「こんにちは!」。中には私たちに手を振ってくる小さい子もいます。みんなとても明るいのです。心の奥では図り知れない傷を負っているかもしれないのですが。でもみんなほんとにいい顔しているのです。

この「大きな家」では自分以外はみんな自分のお母さんと思うことで、一緒に仲良く暮らしていこうということなのです。大きい子(中学生・高校生)は小さい子(小学生・幼児)のめんどうを見てあげる、そして大きい子が疲れたり落ち込んでいれば、小さい子がお兄ちゃん、お姉ちゃんのところへ行ってお話をして心を和ませてくれる、そんなお互いを思いやるバランスのよい相乗効果が現れてきているそうです。家庭におけるこどもと母親(父親)との密接な関係と同じなのです。こどもって大人が口を出さなくても、そのあたりの微妙な心理状態を感じながら一緒に生活することができるのです。いつもここを訪れるとこちらがパワーをもらって帰ってくることができるのは、きっとこども達のお陰なんでしょうね。

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小学生低学年のこどもたちの描いた絵。
なかなか大胆で想像力豊かな楽しい絵でした。
園内コンクールということで、私も票を入れて帰ってきました。

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シンボルツリーの「けやき」もしっかり根を張りました。
庭の芝とまわりの田んぼの稲の緑がマッチしてます。

[ 2006/08/29 22:02 ] 社会 | TB(0) | CM(14)
絵を見ても、この園の雰囲気が何となく判るような気がします。最近の子どもは絵が下手くそになってきているとか。

>そんなお互いを思いやるバランスのよい相乗効果が現れてきているそうです。

逆にこの園に比べて、そういう関係が出来ている!と自信を持って言える家庭がどれだけあるのか・・
反省っ!
[ 2006/08/29 22:14 ] [ 編集 ]
特に低学年の絵がとても良かったですね。
どれも甲乙付け難く、それぞれの視点をずらせば全てが力作になってしまうのです。小学校の図工の先生も成績表ってどうやってつけるのかしら?この未知数の才能に対して??
(これは学校とは別に、園で描いたものです)

いやいやぼちぼちさんはじめ、みなさんとても立派に子育てされていて尊敬してしまいます。大丈夫、大丈夫。
[ 2006/08/29 22:29 ] [ 編集 ]
本当に子供達の絵が、親がいなかったり虐待された子供達の描いた物とは思えない程、カラフルで楽しいですね。
子供は本来優しいですよね。大人が悲しんだりしているのを感じる事ができる。でも大人みたいに拒絶したり、立ち入ったりしないで、その人に笑顔が戻るようにがんばるものね。
ここで育った子供達は、親はいないかもしれないけど、もっとたくさんの親を持って(うまく書けない)暖かい心を育んで行くんだろうな、と思えます。皆、幸せになって欲しい。
こういう素敵な場所を設計できた、ということもArchitectさんの誇りの一つですね。
[ 2006/08/30 04:35 ] [ 編集 ]
児童養護施設の設計は、小学校や公民館とは違うコンセプトがあるのかなあって素人判断で思いました。採光や間取りはすごく神経を使われたのではないでしょうか。
人は、住む場所の雰囲気で、心の傷を癒すことができると思います。
人間関係を大切になさるArchitectさんが設計された「家」に住める子供たちは、ある意味、幸せなのかもしれませんね。
[ 2006/08/30 06:05 ] [ 編集 ]
49人の母親たち...心にジーンときました。
毎日毎日、親殺し、子殺しのニュースが絶えない中で、家族、家庭のあり方を考えます。「子どもには罪がない」本当です...。ひたすら愛されたいと願う子ども...愛されることは愛することだと思うのです。愛されたことのない(或いは、ないと思っている場合もありますが)人は、悲しいかな~愛することに臆病で、愛することを怖がります。(愛せないのです)

唐突ですが、家庭とは、家族とは、「心の建物」のように思いました。柱あり、壁あり、窓あり、間仕切りあり...心地良い建物が採光や、通風に優れ、過不足なく満たされているように(この過不足なく満たされる...という表現は、国語的には意味の通らない表現ですが、私なりの表現ですー>いづれ日記に書きますね!)そして、ひとつひとつ、大切に作り上げていくものなのかも知れません。ひと...それぞれの心ありき...のたてもの...。柱がお父さん、お母さん...だなんて決まっていません。誰が柱でも、窓でも、いいと思うのです。そして、ある時は柱であり、ある時は窓でもいいと思うんです。

この楽しい絵を描いた子ども達が、頑丈な心の建物...作ってくれること願います。

Architectさんのお陰で、心がちょっとジーンとしました。りっぱなお仕事できるのも、やはりArchitectさんのひととなりですね!

Special  Thanks!
[ 2006/08/30 09:36 ] [ 編集 ]
のびのびした屈託のない絵にほっとしました。
すごくこの大きな家での育て方が上手なんだなと想像つきます。絵って心理状態を表わしますよね。どれをみてもウマヘタはあるにせよとても良かったです。

この家で育った子はある意味、とても大事な経験を積んでいるんです。3歳で来た子はその多くが18歳までこの家で暮らし、社会に旅立ちます。卒園式に出席させていただいたこともあるのですが、とても厳しい戒めをお話されていたので驚いた記憶があります、「社会は甘くない!」と。それを聞きながら後ろの席で涙している自分がいました。

ほんとにこどもは未来の社会の資本です。
以前のブログもご参考までに。
http://architect3002.blog25.fc2.com/blog-entry-14.html
[ 2006/08/30 15:49 ] [ 編集 ]
上記に紹介したブログでも書いたのですが、この「大きな家」を設計する時のテーマは「感性が豊かになれる空間」でした。
ソフト面では長い歴史ある園(茨城県では最古)でしたので、新しいハード(建築)で何ができるかは大いに悩みましたね。

家において感性を育てるには、いろんな居場所が大切だと感じたのです。大きい空間、小さい空間、天井の高い、低い部屋、明るい、暗い部屋、暖かい部屋、寒い部屋、大きな運動場、小さな芝庭など均質な空間を避け、ヴァライティーに富んだ建築ができればと思って作りました。
そんな空間で風、光、花の香り、鳥の鳴き声など5感でいろんなものを感じてくれることを願ったのです。
もう少し「大きな家」のようすを見ていきたいと思ってます!
[ 2006/08/30 16:04 ] [ 編集 ]
いや~実にいい言葉ですね!「心の建物」
さすが、まきねえさん!

いつもできた家をクライアントに引渡す際に、「このできた家は今はこどもですから、これから大事に育てていってあげてください」と言っています。
建築も土台がまずしっかりあって、柱、壁、天井、屋根があり全てがバランスをとりながら、その中で生活するひとを守っている訳です。
「心の建物」も全く同じ思想ですね!。この「大きな家」では土台からしっかりとそのプロセスを組み建てています。しかもバランスよく。ちょっとバランス悪くなっても50人みんなが自己修復しながら、またもとのバランスに戻っていけるのです。実際の家庭でないかもしれないけど、こどもたちは誰が教えるでもなく自然にその力を養っていっているんです。

またまきねえさんの日記も楽しみにしております。
[ 2006/08/30 16:21 ] [ 編集 ]
私が学生の頃、ゼミの研修で訪れたのは壁が薄汚れた乳児院でした。中を覗いてみるとベビーベッドにはすやすや寝ている新生児、床にはよだれをたらしながらハイハイをしている赤ん坊・・・。6人ほどのクラスに養護してみえる保育士さんは3にんだったような。
泣く子をあやし、排泄した子のオムツを替え、食事になるとあっちこっち動き回る子を追いかけながら口に離乳食を運ぶ。ここまでしっかり面倒を見てもらえるならこの子達も惨めではないのかなと思う反面、何か都合があっての親と別居暮らし。自分が置かれている状況を知るはずもなく、また知らない方が幸せだろうなんだろうな、という虚しさで乳児院を後にしました。
 写真で見させていただいた養護施設、私の記憶とはほど遠いもので驚きました。きれいな建物に広々とした広場・・・子供たちの楽しくはしゃいでいる姿が
目に浮かびます(^・^) 血がつながっていなくても家族。本当の家族でも得ることのできない絆がそこにはあるかもしれませんね。みんなが元気になれるような建物、これからもみせてくださいね!
[ 2006/08/30 21:56 ] [ 編集 ]
かほちんさんは乳児院での経験をされていたんですね。
ものごころつく前ですからきっと記憶としては残ってないでしょうが、母の温もりやいつも接している時間は現実として違ったものになっているでしょう。記憶としてなくとも無意識層に刻み込まれているような気がします。(専門ではないので)
設計の前にいろいろな施設を見学させていただいたのですが、ほんとにこの環境でいいの?と思えるものばかりでした。こどもにとってもっと適した環境・建築ができないか分析したものでした。一般家庭とは違うのはわかっていながらもできるだけ家庭のような雰囲気を作りたかったのです。いまだに少しずつ変化させて試行錯誤状態です。きのうもその打合せでした。
[ 2006/08/30 22:45 ] [ 編集 ]
中学の頃、入っていた吹奏楽部で定期的に子羊学園を慰問していた事を思い出しました。最初は戸惑いましたが、一生懸命練習した曲を本当に子供たちが楽しそうに聞いてくれて、いつも暖かい気持ちで帰途につけたなー。確かに何かいろんなエネルギーをもらっていたような気がする。それにしても9年も前の仕事の縁でいまだにこういう繋がりを保っていられる建築家という仕事って羨ましい!
[ 2006/08/31 00:06 ] [ 編集 ]
YAZさん、中学のころから福祉活動されていたんですね。
確かに大きな家」のこども達は、遠足に行ったり、野球を見に東京ドームまで来たりして、ボランティアの人々にも支えられています。きっと一緒に楽しんでいるといった方が適格な表現かもしれませんね。

9年というのもあっという間で、毎年ちょこちょこ顔を出しているのであんまり時間の感覚がなくなっていました。でも小さかった子がだんだん大きくなっていくのを見るのもとても楽しみで、いつもこの「大きな家」を巣立っても元気でやっていけよ!と応援したい気持ちになってしまいます。
[ 2006/08/31 09:15 ] [ 編集 ]
Yazさんの言うとおり、仕事として羨ましい。勿論、だからといって全ての建築家がArchitectさんの様な経験を得られている訳ではないですよね。言葉にしてしまうと陳腐なんですが、しっかりとした意思を持っているから出来るんですよね。尊敬します。

さて、施設。こう言った施設が必要な理由。そこで育つ子供達。考えれば考えるほど難しい。

[ 2006/08/31 11:54 ] [ 編集 ]
建築はロングスパンでのおつき合いとなります。
いろいろな方がいらっしゃいますが、幸いなことにクライアントには恵まれておりまして、仲良くさせていただいています。
でもそのプロセスでは乗り越えなくてはならない壁がいくつもあったりするのも事実ですよ。

いろんなこども達にまつわる問題がなければ、この施設も不要となるのですが、いつの時代も必要とされています。しかも大昔から。おっしゃるように考えれば考える程、悩ましい。理事長とお話していてもこの問題の解決は先が見えません。ただここにいるこどもたちが、元気に巣立っていってくれること、そして社会に出て、一生懸命仕事して、新たな家庭を築き上げていってくれることを願うばかりです。またそうできるように理事長はじめ職員の方のご努力があるのです。
[ 2006/08/31 13:12 ] [ 編集 ]
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